てけけ日記

フィックショーン!

飲食禁止

図書館にいる。ここは大学の学生図書館で基本「飲食は禁止」だ。

僕は椅子が4つ付いた大きめの机の椅子の1つに座っていて、この駄文を書いている。対角には綺麗な女、真っ赤な口紅と茶髪がチャーミングだ、オレンジのベレー帽は図書館の中でも脱がないらしい。

さて、人間が文字を書き始めるにはいつも動機がある。授業中の生徒は学習のため、主婦は家計簿をつけるため。さて、今回の僕の場合は忘れずにメモを取っておくためだ、この状況、今にも脳の先から突き抜けていって、淡く図書館の静かな空気の中に溶けていってしまいそうだ。

先ほど緊急アナウンスがあった。ちょっぴり元気な女の声だった。人気はないが、無駄に元気な地方アナウンサーみたいな。内容は実験が始まるとかなんとか。僕はスマホの漫画に夢中だったからほとんど聞いていない。ただ、対角の女がアナウンスを聞いてみるみる青ざめていくのを見た。それも尋常じゃないほどに。今の彼女の机にある六法辞典はその時の涙とよだれでびちゃびちゃだ。彼女は今、美しいほどにきれいに反り返り、白目をむいて失神している。

うーん。やっぱりアナウンスが終わってから何かがおかしい。向こうのソファに座っている男がDeNA快勝と表紙にある新聞を丁寧にちぎって食べている。これも変だ。

でも待てよ。彼、変に見えるが、もしかしたらアナウンス前からやっていたかもしれない。僕はアナウンス前の彼を確認してはいない。もともと定期的にこの図書館に来て、新聞紙を食っているかもしれない。それで何度か司書とトラブルがあって、今日もその腹いせで食べているとか。そうだな、よく考えたらアナウンスとの関係性はほとんどないじゃないか。アナウンスのお姉さんを疑ってしまってなんだか申し訳なくなってきたな。

でも待てよ。よく考えたらここは「飲食禁止」じゃないか。そしてあいつは確かに新聞紙を食っている。危ない危ない、謎のアナウンスで思考がおかしくなってしまうところだった。あの男は確実にルールを破っている。少し注意してくることにする。

――

少し話しかけただけなのに指を噛まれてしまった。なんて野蛮な奴なんだろう。なんだかむしゃくしゃしてきたな。いつもこうやって理不尽な目にあっている気がする。

......

対角の女、結構美人だし、机の上の涙とよだれ、少しもらうことにするか。うん、それでこの気が晴れる気がしてきたぞ。

…….

女とキスなんてしたことないからなんかワクワクしてきたな。まあよだれをもらうことがキスかどうかはよくわからないけど。まあ、行ってくるか。

――

さて、女の体液が机の上に大きな水たまりを作っているのだが、それを少し舐めてきた。別に何かの味がしたわけでもないが、この行為自体なんか癖になりそうだな。

あっ、そういえば、ここは「飲食禁止」だった。しまったな、女のよだれを飲んでしまった。俺はあの新聞の男を注意できるほど高尚じゃなかったってわけか。お高くとまりやがって、俺。

あれ?さっきまで僕って書いてたのに、なんでだろ。まあ、いいか。

……

なんだか嫌な気分になってきたな、漫画の続きでも読もうか。

――

アナウンスの内容

「本日は9時に閉館となります。荷物をお忘れにならないようお気を付けください。また、図書館は今日で営業を終えます。長い間、お世話になりました。」

食べられなかった新聞記事の破片 一部

「郎容疑者(46)は依然否認を続」

「は法案を撤回し」

「ンタの神様―インパルス堤」

「代は変わりつつあるとバイオリ」

――

女は起きて顔を真っ赤にして机を拭き始め、男は二部目の新聞に手を出し始めた。少年は漫画が可笑しくて吹き出してしまっている。今日、図書館は役目を終える。