てけけ日記

フィックショーン!

顔-2

真夏の強い日差しが照り付ける中、僕は待ち合わせの店へ向かっていた。騒がしいセミの鳴き声が胸の高揚感を高めていく。僕の顔の製造者、いったいどんなひとなのだろう。

子洒落たアメリカン風の喫茶店の戸を開ける。心地よいクーラーの風が戸の間から吹き出し、汗で熱く湿った皮膚を撫でながら外の熱気と混ざり合う。店内は黒色の木材を基調とした内装で、1,2世紀前かのアメリカの古臭いポスターが所々に貼られている。そして、スピーカーからはお洒落なジャズミュージックが流れている。無論、曲名は知らない。

ふと、奥の方に目をやると、サングラスにマスク、カウボーイハットをかぶった怪しげな男が大仰に手を振っている。僕は暑さで緩んだ顔の筋肉をキュッと引き締め、男の前へと座った。

「やあ、○○くん。君は覚えていないだろうけど、ひさしぶり、だね」

「なんか、飲むだろう?飲まないと追い出されちゃうからね。飲み物は…この甘いやつにしようか。僕?僕も同じ甘いやつを飲むよ、苦いコーヒーは苦手だからね。よし、このなんとかフラペチーノにしよう。」

男は一人言のように次々と喋ると、呼び出しベルには目もくれず、大声で店員に注文を頼んだ。店員はどぎまぎしながら大声で「か、かしこまりましたぁーー!!」と返す。横に座っていたカップルの不愛想な女の方が不機嫌そうにこちらを睨んでいるのが見える。

「さて、と。今日は君にお願い事があって呼んだんだったね。」

「何を隠そう、頼み事は君の顔についてだ。15年も前だったかな、僕は君の顔を作ったとき、すごい反響をもらったんだ。年を取る覆面なんてあの時代、誰も作ることなんてできなかったからね。アイデア自体、凡人には浮かびもしなかったはずだ。新聞には『天才医師!顔に命を吹き込む!』なんて記事が載っちゃったりしてね、あちらこちらに呼ばれて講演したさ。」

「おっ、なんとかフラペチーノが来たぞ、外は暑かったろう、遠慮せず飲んでくれ。」

男はそう言うと、自分の分のなんとかフラペチーノとやらをとてつもない勢いで吸い出した。「ズズッ、ズズゾッゾ」という音があたりに汚らしく響く。横の女はまたこちらを睨んでいる。10秒ほどで容器を空にすると、また男は話し始めた。

「さて、君の顔、ただの人工物ではないことは気付いているよね?」

「ここからは…。きちんと聞いてほしいんだが、君の顔には”素材を提供してくれた”人がいてね。たしか高橋亮太とかいう子だったかな。君と同じ日に生まれて、その日に死んでしまったんだよ。」

「ほら、覆面が年を取るとかいうすごい芸当がローコストでできるはずがないだろ?君は今まで、自分のかぶっている顔が誰のものなのか考えたことはあったのかな?」

「君は君じゃないんだよ、その顔は高橋亮太であって、けっして君ではない。」

男は真剣な表情でこちらを見つめる。横にいる女は心配そうにこちらの様子をうかがっている。しかし、そのあとすぐ、張り詰めた空気を壊すように男は大声で笑い始めた。

「ははっ、冗談冗談。脅かして悪かった。その顔は君の細胞から分化させた、正常に生まれた時の顔だよ。ドナーなんて取ったら倫理大好き連中につかまっちまう。マッドサイエンティストには憧れるけど、刑務所は怖いからね。ちゃんとした方法で製造されたものさ。それでもやつらは攻撃してくるけどね」

「さて、ここからが本当の本題。僕は君の顔を作ってから有名になった。だけど、それからの研究成果はまったく振るわなかった。同じような手法で顔を作り出せないんだ。君の時はあれほどうまくいったのが嘘だったみたいにね。」

「で、君に頼みたいことは遺伝情報をもう一回取らせてほしいってこと。それと、顔の成長の度合いの綿密なチェックをさせてほしいってこと。」

「それだけだ。もちろん、ただでとは言わないよ。君の家にそれ相応の報酬を送るよ。調べてみたのだけど、結構困窮しているみたいだね。どうだい?お母さん、楽にしてやりたいだろ?」

「なんでお母さんに直接頼まないかって?そりゃあ君のお母さんは頭が固いからだ。息子が人体実験のターゲットにされるんじゃないかって勘違いしたみたいに拒絶するんだよ。だから直接本人に交渉に来たってわけさ。」

「君の顔を検査し終えたら、僕は君と同じように生まれてしまった子や、事故で顔を失った人たちを救うためにまた年を取る顔の製造に着手していくつもりだ。どうだい?別に悪い話じゃないだろ?検査内容についても質問があればすべて答えるけど…」

僕は話をすべて聞いてみて、しばらく悩んでいたが、この怪しい男に協力してやろうという気持ちになっていた。確かに一家に金はなく、毎日銀行の通帳とにらめっこしている母が楽できるのであればそれはそれでうれしい。しかし、なによりも大きかったのは自分が享受している技術、その発展のためならば力を貸してやることは当然の義務だと感じたからである。

僕の意向を聞いた男は嬉しそうに手を叩くと、検査内容の説明に入った。あまりにキラキラした目に医者の探求心の底力ともいえるようなものを感じた。


病院での検査は驚くほど簡単なものであった。血液を少し抜かれ、覆面をチェックされ、それで終わりだった。僕が寝ている間にこっそり行っても目を覚まさないだろうなと思えるほどであった。

検査が終わった次の日から僕はまた一気に日常へと戻された。いつものように学校に通う平凡な日々が続いた。

家庭では、なにかしらお金が入ったのか母はパートをやめて家事に専念するようになった。あの医者、本当に何者なのだろうか。


半年後、高校生になった自分のもとに怪しげな荷物が送られてきた。

黒い段ボールという怪しげな包装で、表にはあの例の医者の名前とメッセージが張りつけてあった。

「○○くんへ 君のお母さんにバレないように君が留守する時間を狙ってこの荷物を送ったよ。さてさて、君の遺伝子をよく調べてみて、色々わかったから報告しておこう。君にも知る権利があるからね。君の遺伝子にはほかの人にはない非常に生命力を強くする部分がみつかったんだ。それを『元気いっぱい遺伝子』とでも呼ぼうか。それで君と同じように『元気いっぱい遺伝子』を持つ人の細胞を使って同じ製品を作ってみたんだが、これが大成功。たくさんの顔の複製をつくることに成功した。でもその人たちは正常な顔をもっているから分厚いマスクを自然にかぶることができないみたいなんだ。鼻が邪魔なうえ、眼球が深いところに潜り込んでしまってうまくかぶれないみたいなんだ。皮肉なことに君はつぶれた鼻と不自然に出っ張った目を持っているからこそ、マスクを使いこなせているんだと思う。君は自分の真の顔が醜いと思っているかもしれないが、もしかすると”この覆面を使える世界においては”一番美形かもしれない。被験者から作った製品をいくつか送るから、それを活用してみてくれ。私は健常者でもマスクをかぶれるよう開発に専念していくよ。また協力を頼むかもしれないからその時はよろしく頼むね。」

段ボールを丁寧に開けると、肌色の塊のようなものがみえた。袋から出してみてやっとそれがなんであるかに気付くことができた。

医師の研究成果である成長する覆面、それが二つ、入っていた。

 一つはまさに美男子といえるカッコいい覆面だった。鼻はすっと通っており、薄いさくら色の唇、自然な二重まぶた。今使っている物とは似ても似つかないものであった。

 二つ目は美少女。ぱっちり開いた目と小さく形の整った鼻、魅力的な下唇。僕に女装をしろというのだろうか。

確認をし終えると親にばれないようそれらの包装と手紙をすぐに処分した。

若く、好奇心旺盛な学生が、三つのマスクをどうやって悪用しようか考え始めるようになったのは、届いてから数日後のことであった。

1960年代の江戸川乱歩の少年探偵団シリーズに「怪人二十面相」とよばれる怪盗がいたが、50年の時と、高い技術によって、ここに「怪人三面相」が誕生してしまったのだ。

続く