てけけ日記

フィックショーン!

運動

ずっと寝ていた。ずっとずっと。約一年間、たまに起きて、本を読んだり、ゲームをしたりして過ごしていた。家からは一歩も出ていない。この部屋は狭い。5畳で物がたくさんだ。床は日本の伝統にならった畳が敷かれ、壁には汚れがところどころある。置いてある棚には物がこれでもかと言わんばかりに詰め込まれ、今にも落ちてきそうだ。本日も今しがた食べ終わったばかりのお菓子の袋をさらに詰め込む。ギチチッという小さい音とともに棚はゴミを飲み込む。満足して身を翻し、雑多に敷かれた布団の上に転がり、大きくため息をついた。キッチンの方からいつものように異臭が漂ってくる。重い腰を持ち上げ、窓を開けた。外からおっさんの大きなくしゃみの音が飛び込んできた。


本を一冊読み終えた。心底つまらないと思った。いつものように努力もしない勇者が美少女にもてはやされながら世界を救った。小説は非現実を書いて読者を楽しませてくれるが、今じゃ読者にワクワクする世界を提供して当たり前なのだ。こんなありふれた話はまったく非現実でもなんでもない、勇者が美少女に囲まれて世界を救うのはそこらへんで毎日のように起きている些細なことだ。


夜中の二時ごろ、いつものように惰性でせっせと親指を動かし、スマホでアダルトサイトを巡って今晩の主役を決めかねていた。時間をかけるほどハードルが上がって八方塞がりになるが、この謎の探求時間がよいのだ。

突然、部屋に「キャー!」と甲高い女の悲鳴が響いた。一瞬驚嘆して、身を固めていたが、生来の野次馬精神、高ぶった好奇心で軽くなった体をすっと起こすと、スリッパも履かずにベランダに出た。悲鳴の方角をみて目を疑った。肌色、肌色、肌色。裸だ!女が裸で外にいる!全身の皮膚が鳥肌を立てていくのを感じた。

「これだよ、これが非現実だ!」

女の事情は知らないが、君が今晩の主役だ。おめでとう。しかし、よく見えない。遠くで裸でうずくまっていることは分かるが、表情までは鮮明には見えない。自分の目が悪いことも相まって、やけにぼやけて見える。しかも、建物が邪魔で女の半身しか捉えることができない。唾を飲み込むと、脱ぎ捨ててあったパンツとズボンを勢いよく履き、買ってから一度も使ってない一眼レフをゴミ山から引きずり出した。ドアまで駆け足気味に近づいて、そして一瞬立ち止まった。一年間家を出て居なくて怖気づいたのだ。しかし、女の裸の前で怖気づくなど男として失格だ、世紀の大事件に立ち会わなくてどうする、と自分を鼓舞し、勢いよくドアを開けた。飛び込んでくる新鮮な空気をかき分けて女の元へと走っていった。


現場に到着したとき、女の姿はなかった。ひさしぶりに走ったせいか、息があがり、心臓が飛び出しそうなほど強く拍動していた。体は文字通り悲鳴を上げ、節々が痛んだ。吐きそうなほど気持ち悪かった。それから落ち着いて探してみたが、女はどこにもいなかった。出番のなかった一眼レフをだらしなくぶら下げ、諦めて帰ることにした。


帰っていく途中、体に力がみなぎるのを感じた。確かに死ぬほど疲れはしたが、それとは違う、心の充足感というものを感じていた。部屋に帰ると、あまりに汚い惨状を再認識した。これは、気分が悪くなる、そう思ってその日は朝まで片づけをした。

次の日、きれいな部屋で起きるとまた運動がしたくなってきた。寝巻だったジャージをぴっしりと着て、少量ながらでも外で運動をした。

次の日、その次の日も外で運動をした。数十時間ゲームをすることも、家から一歩も出ないことも、延々とアダルトサイトを回ることもいつの間にかなくなっていた。一年間、あんな狭くて汚い部屋の中で一体自分は何をしていたのだろうか。


ある日、カフェで雑誌を読んでいると外から「キャー」という甲高い女の悲鳴が聞こえた。自分の目線は雑誌のスポーツ欄から離れることはなかった。この世にはそんなことよりもっと面白いものがたくさんある。


テーマ:今日久しぶりに運動して気持ちがよかった。