てけけ日記

フィックショーン!

不平不満の部屋

Kは知に貪欲だった。幼少の頃からその生活のリソースをほとんど自身の知の集約に注いできた。しかし、興味のあることにしか手を出さないため、妙に偏った知識を得ていった。

またKは野心家でもあった。いつか自分の力で世界を一変させるような開発を成功させたいと目論んでいた。しかし、材料となるアイデアはいつまでたっても浮かばない。要望を実現させる手法、技術ばかりが身に付き、肝心の発明の源を見つけられずにいた。

そんな中、Kの友人であり、発明者であるSが人の顔面の精巧な複製を作り、名を挙げた。Kはしばらく嫉妬に狂っていたが、心が落ち着くと、Sに会いに行き、その成功の起源を聞き出した。Sは自分の成功談を謙遜しながらも詳しく説明した。まとめると以下のようなことだった。

「人間の生活の中の何気ない一言、その全ては無価値ではなくアイデアの原石がばらまかれている。」

Sはただただ、今回の成功は身の回りの人間の声に耳を傾け続けた結果だったと語った。

Kはこのアドバイスで気付かされた。『自分には友人が少なく、人と話す機会も少ないがためにアイデアを得る事ができなかったのだ』と。

そしてKは人間の声を聞くためにSNSを張り込んだ。膨大な数の人間が匿名、または実名でそれこそ多種多様な種類の発言をしていた。しかし、その中の発言には求めている“不平不満”がほとんど含まれていなかった。それを解消するのが発明だというのに。Kは頭が痛くなってしまって、SNSから知見を得る事は諦めた。

次にKは人の発言から“不平不満”のみを抽出する手法をあれこれと考え、ついに、一つだけ閃くことに成功した。

Kは太陽光充電式のマイクを大量に作り、そのマイクに入れられた声は全て自宅にある倉庫に集められるよう設計した。彼はその倉庫の名前を“不平不満の部屋”とした。

そしてKは街中を歩く人に「不平不満があったらここに呟いてくれ」と言い、作ったマイクを配ってまわった。

さて、Kはアイデアを得るためにこれを作ったのだが、このマイク自体、「怒りをぶつけることができて、ストレスを発散できる」として人気が出始めた。

資金援助を大量に受けたKはこのマイクの商品化に尽力した。結果、飛ぶように売れ、1000万個以上の売り上げに成功した、Kはたくさんの富と名声を得た。

Kは発明の主目的だった“不平不満”の声には一切耳を傾けなかった。彼は生来、人間の何気ない声などに興味はなかったのだ。

そんなある日、SがKのもとにやってきた。互いに互いの成功を称え合い、談笑した。ふと話の流れでSはKに“不平不満の部屋”を見せてほしいと頼んだ。Kはまったく構わないと言って、Sを部屋に案内した。

“不平不満の部屋”は広さ一畳ほどの狭い防音部屋だった。Kは「一度も入ったことはないが、音声は垂れ流しだ」と言い、Sはそれに対して笑った。

Sは「世間の不平不満にいささか興味がある」と言い、一人、“不平不満の部屋”に入っていった。Kは『もの好きだな』などと思いながら、リビングへと戻り、学術誌を読みふけった。

2時間ほど経っただろうか、いつまでたっても出てこないSに対し、Kはしびれを切らした。“不平不満の部屋”へ行き、中へ声をかける。Kは普段出さないような大声を出したつもりだったのだが、中から返事はない。不穏に思ったKはあることに気が付いた。この部屋はもともと倉庫で、内側から開ける事ができないのだ。つまり、Sは2時間近く、この部屋の中に閉じ込められていたことになる。KはSに対して、罪悪感を覚えながらもゆっくりと“不平不満の部屋”を開けた。

Sは部屋の中心できちんと足を折りたたんで正座していた。軽く白目をむき、爪を食い込ませるように硬く握った拳を膝の上で震わせ、フーッ、フーッと強く息を吐いていた。涙、鼻水、よだれが顔全体と襟のあたりを湿らせている。耳の周りには幾重にも引っ掻き回した跡があり、赤黒い血が流れていた。部屋全体が異様な雰囲気に包まれていた。四方八方からマイクに入れられた暴言、叫び声、泣き声が飛び交い、部屋全体に反響していた。Sの口元がもぞもぞと動いている。何かを呟いているようだが、部屋の音でほとんどかき消されてしまっている。

Kは眼前の惨状に対し、唖然としていたが、ふと我に返り、Sの元へと駆け寄った。途端、耳に暴言が舞い込む。「税金死ね!!」KはSの肩を揺すってみる。反応はない。「なんでA子ちゃんヤらせてくれないの!!」Sを担ごうとするが、思ったよりも重く、うまく担げない。「T先生はクソ、家族全員薬物中毒だ」とりあえず、まずは音声を切ろうと部屋の中を探す。「股開きJDにしか単位をやらないクソ教授股間もげろ!!」しかし、部屋を作ったのが昔すぎてスイッチの場所が思い出せない。「俺より学歴低いくせに威張んな」学歴だけで人は判断するものじゃないが、スイッチはどこだろう。「赤ちゃん、なんで夜に泣くのよ」泣くのが赤ん坊の仕事というものだ。スイッチ、スイッチ…。「なんで発売延期なんだよ、死ね」それは確かに企業側が悪いのかもな。しかし、そういった、経営戦略もあったし…。確か、スピーカーの後ろにあったはず。「もうなにやってもうまくいかない」わかる、自分も失敗ばかりだった、スイッチばかりだった。「誰も認めてくれない」僕もそういう時期もあったし、はやくSをなんとかしないと。「犬の世話めんどい、捨てたい」命は大事にSも大事にしたいな。「なんで私よりブスなのに彼氏いるの」顔だけで判断すんな心ブス。「ガキがうざい、家から追い出したい」親としての責任果たせカス。「死にたい」ああ、じゃあ死ね、死ね!「働きたくない」生活援助でも受けて一生底辺生活送ってろ。「才能ないのかな」凡人は言われたことだけやってろ。「私って、….


数日後、行方不明になっていたSとKが狂人状態で見つかる。二人ともまともに口がきけない状態で施設に送られることになった。 そして、Kの発明した“不平不満の部屋”は“精神崩壊の部屋”と名を変え、日本中に知れ渡ることになった。