てけけ日記

フィックショーン!

顔-1

東京の近郊にごく普通に学校に通う少年がいた。中学生の彼は「どこにでもいる」「特徴のない」といったような形容詞がぴったりとはまるような容姿と性格をしていた。学校でもほかの生徒と同じように笑い、たまには怒った顔をして喧嘩もした。表情は比較的豊かでクラスの人気者でも嫌われ者でもなかった。学業もトップクラスでもなく、赤点ギリギリでもなかった。

そんないたって普通の彼にはひとつ秘密があった。


分娩室から元気な赤ん坊の泣き声が響いた。しかし、産声の他に声を上げる者はいなかった。現場は静寂に包まれ、部屋の外からはただ赤ん坊が一人で泣いているような部屋に聞こえていたことだろう。

赤ん坊を取り出した医師は絶句していた。それを眺める看護師らも言葉を失い、母親は目を強く閉じてうなだれていた。泣き叫ぶ赤ん坊の顔は健常者のそれではなかった。

眼球は今にも零れ落ちてしまいそうなほど飛び出し、プチプチとした小さな音を立てて動く。鼻は完全につぶれ、形などなく、ただ壁に二つ穴が開いているような具合だった。口は不自然なほど大きく、右側のほほまで避けていて、唇の色はただれたような紫に変色していた。泣き叫ぶ声と共に、大量のよだれが裂けた口から零れ落ちる。お世辞にも「かわいい男の子ですよ」などと言える代物ではなかった。


翌日、医師は病棟のベッドの上で深く考え事をしているような母親にひとつ提案した。最新の技術で顔の模造品が作れるらしい。それをつかってみてはどうか。母親は考える時間をくれといって、静かにカーテンを閉めた。医師は大きくため息をついた。


半年後、醜い彼のために顔が作られた。技術は時代と共に著しいほど進歩しており、最先端の仕様の顔が作られた。その顔は生後数か月の赤ん坊の顔のそれだったが、一年、また一年と経つたびに年を取るらしい。移植はせず、いつでも取り外しが効くようになっている。使い方はお面とほとんど同じで、顔につける、それだけである。ぴったりとくっつくリアルで生きた面は、お面とは感じさせないほど彼の顔に馴染んだ。こうしてひとまず普通の赤ん坊となった息子をみて、両親はほんの少しだが、安堵したようだった。


中学生の普通の少年の秘密、それは彼には顔がないということだった。

いつものように学校が終わった彼は、家に帰ると息苦しそうに面を外し、ギョロつく目に乾燥防止用の目薬を差し、顔の汗を拭いた。手入れが終わると机に置いてあるスパゲティを裂けた口で器用に食べた。トマトの酸味が口に広がるころ、彼は昔のことを考えていた。


あれは幼稚園の頃だったろうか、砂場で遊んでいるとき、顔がしんどいくらいに蒸れてきて、耐えきれず友達の前でお面を外したことがある。結果は阿鼻叫喚、園児は泣き叫び、全力で逃げていった。仲良くしてくれたA君、B君、Cちゃんも。大人は信じられないという目で見る人、かわいそうにと憐れむ人、気持ち悪そうに様子をうかがう人、嫌悪感をあらわにする人、様々だった。僕は何が何やらわからなくなり、その場で大声で泣いた。その様子も醜く、おぞましかったことだろう。

家に帰ると母は血相を変え、泣きながら僕を叱りつけた。夜になると返ってきた父と何やら難しいことを話し合って、そのあと一家はすぐに遠くに引っ越すことになった。僕は大荷物と共に軽自動車の後部座席に詰められ、長く揺られた。その時真っ暗な窓の外の景色を見ながら、小さな頭で理解したことがある。

「みんなは僕じゃなくて僕のお面と話していた」

後部座席に一緒に転がっているお面。このお面こそがかつていた幼稚園の園児であり、A君、B君、Cちゃんと仲良くしていたのだ。はて、じゃあ僕はいったい何者なんだろうか。この世に存在していいのだろうか。お母さんはお面と僕、どっちを僕だと思っているんだろうか。


嫌なことを思い出してしまっていた。机の上のスパゲティはほとんど冷めきってしまっていた。まずくなった小麦粉の塊を胃に詰め込むと、ひとまず満足してテレビをつけた。特に面白くもない番組を惰性で見ていると電話の着信音がテレビの音に遮られながらも小さく鳴っているのが聞こえてきた。見たこともない番号、おそるおそる出ると聞き覚えの全くない低い男の声が受話器から響く。

「やあ、○○くんだよね?電話じゃなくて直接話したいことがあるから、今度会わないかい?」

「ど、どちらさまでしょうか・・・?」

「あ、忘れちゃってるか、そういや生まれたばかりのときに会ったぶりだから覚えているわけがないな。ハハッ。俺はね、」

「君の顔を作った技術者ってやつだよ」


続く