てけけ日記

フィックショーン!

顔-3

引用元不明:“心の底から、本気で、自分から乖離した全く別の何者かになりたいと切に願うほど、親不孝なことはない“

僕の席は教室の後ろの方にある。私語の絶えない騒がしい授業の中、今日もいつも通りぼーっと黒板を見ていた。しかし、ふと気が付くと、僕は自身が目の焦点を最前列に座る女子の後頭部に合わせていることに気が付いた。きれいな黒髪でよくよく手入れがなされたいつもの後頭部だ。

僕は彼女と中学高校が同じで何回もクラスが一緒になったことがある。彼女とほとんどしゃべったことはないが、僕はいろんな場面で気を抜くたびに彼女を自然と目で追っていた。彼女は別段かわいいわけでもない。ただ、たぶん僕にしか理解できないような独特な愛嬌があって、その一挙手一投足が僕の心を揺さぶるのだ。遠くから彼女の屈託ない笑顔を見るたびに僕の心も癒されていた。

僕は中学高校の数年間、その思いを伝える機会も勇気もなく、ずっと胸の内にしまっていた。もともと異性との会話は得意ではなかったし、本当の醜い顔がばれてしまうような恐怖も感じていた。

家に帰るとまた彼女のことを思い出していた。ここ最近は特にひどい、彼女は意識せずともふっと頭の中に現れ、僕の脳のありとあらゆる部分を彼女色に染めてしまうのだ。

そんな中で僕の中である欲望が生まれていた。

「彼女と楽しく言葉を交わしてみたい」

この欲を満たすために僕は自分の強みを活かすことにした。自室のタンスの奥の奥から例のマスクを取り出す。胡散臭い医者からもらった美少年マスク、僕は、おそるおそるそれをかぶってみた。

鏡の前で自分の顔を見てみると、なるほど確かに別人だった。目も鼻も唇も元の顔とは比べ物にならないほど整っている。「あ、い、う、え、お」などと声を出してみたり、口角を上げて笑ってみたりした。表情が豊かで好印象な美少年だな、と他人事のように思えた。覆面には何らおかしい部分はなく、ほとんど違和感なく動いた。

見た目以外にも顕著な変化が表れていた。整った自分の外見を見つめていると、匿名感を基盤とした自信、それが心の中のあらゆる壁からにじみ出るように立ち現れてくる。僕はなんだか自分が恵まれた人間であるように感じ始めていた。

時計を確認する。ちょうど、彼女が部活から帰る時刻だ。僕は母にバレないよう物音をできるだけ押し殺して外出した。

自分は今、イケメンだから彼女に話しかけることができるはずだ。イケメンはそういうことをしても不自然ではないし、そういう権利がある。僕は異様な自信感を保ちながら、彼女の帰り道を練り歩いた。

本当の本当に別人のようだ。僕は自分の歩く姿勢でさえも従来とは異なっていることを身にしみて感じていた。普段使わない筋肉を使って無意識に歩いているような感覚。不思議だった。演じる気はなくても、僕はこの美少年を“演じて”しまうのだ。

ガードレールに座り、イケメンがしそうな足の組み方をし、スマホをつついていると、前の方からついにターゲットがやってくる。僕は一瞬たじろいだが、(自分はナンパ師だ!!)と強く自己暗示をかけ、静かに呼吸を整えた。彼女の足音が近づいてくる。心臓がバクバクとペースを上げて打ち出すのを感じる。彼女がこちらをちらっと見たのが見えた。整えたはずの呼吸が荒くなっていくのを感じる。彼女の足音が大音量になって頭に響いてくる。パニックになりそうなのを抑えながら、短い呼吸で息と心拍を整える。そして…

彼女が目の前を通りかかる。

彼女が目の前を通る。

彼女は遠くへ去っていく。

全て、全ての貴重なあの時間、あの一瞬、僕は全く声が出せなかった。思い知らされた、美少年、つまりは別人になれるアイテムを使ってもなお、異性に話しかけられないほど自分は勇気がないのである。僕は自分の身の振り方の矮小さに落胆し、両手で顔を覆った。大粒の涙が指の間から溢れる。「チクショウ…チクショウ…」

「大丈夫ですか?」

ぐるぐると後悔と自責が渦巻く中、突然声がかけられる。僕は半ばびっくりしながら、顔から両手をのけ、涙を袖で適当に拭い、前を見た。心配そうにこちらをのぞき込む彼女が立っていた。

「なんか嫌なこととかあったんですか?」

僕は突然の状況に慌てふためいてしまって、何も言葉が出てこなかった。言い訳、嘘、そういった類の言葉を頭の中でたくさん生産する。しかし、口から出せるものは何も生まれない。行き詰まり、びくついていると、

「向こうで話聞きますよ。私も今日嫌なことがあって…。こういうのって、知らない人に打ち明けるのが一番だと思うんです。」

彼女に連れられ、僕はいつの間にかファミリーマートの前で彼女とアイスを食べていた。僕はバニラのカップアイス、彼女は片手にスイカのアイスバーを持っていた。コンビニの前に他に人はいない。半分死んだセミが焼けるように熱いアスファルトの上から見透かしたような目でこちらを睨んでいた。


彼女の悩みは些細なことだった。所属している陸上部の顧問が精神的に攻撃をかけてくるらしいとのことだった。僕は終始、自分のできる最大限の愛想を出力し、自分の学校の事情をまるで一つも知らないかのように答えた。

そして恐れていた質問がやってくる

「さっきはどうして泣いていたんですか?」

僕は彼女の悩み相談に乗っている間に練りに練っておいたホラ話を繰り出した。美少年である自分に相応しい悲劇。彼女有りが前提のイケメンの悲劇。

「彼女に振られた、それだけなんだ」

「そうだったんですか…。」彼女は小さく相槌をうつ。

どんよりとした空気になり、廃れたコンビニの前に沈黙が生まれる。


「彼女、どんな人だったんですか?」

「んー、別段かわいいわけでもなかったよ。ただ、僕にしか理解できないような独特な愛嬌があって、その一挙手一投足が僕の心を揺さぶるんだ」

「お付き合いされてた人のこと、大好きだったんですね。ものすごくかっこいいから結構遊んでる人だと思ってました。」

「はは、僕ってそんな風に見えるかな?」

「見えますよ。私は美男美女はみんな遊んでるって偏見持ってるくらいですから。実際のところどうなんですか?その甘い顔を活かして結構楽しんでたりするんですか?」

「ま、まあ、誘われちゃうとどうしてもね」

これは、イケメンらしい受け答えなのだろうか。

「わー、絶対すごく遊んでるクチですねー、これは。」

「…。」

「やばかった女話とかあったりします?メンヘラ女話とか。」

「…。」

僕は返す言葉もなく黙ってしまった。そして彼女から重い重い一言が放たれる。

「それか…私とも遊んでみませんか?」

僕は一瞬わけがわからなくなった。それは”あれ”を意味しているのだろうか。

「それって…そういうこと?」

「そういうこと、ですよ?」

「あー、ト、トイレ、トイレ、行っていい?」

「え?はい、どうぞ」

僕は速足でコンビニのトイレに駆け込んだ。突然起きた出来事に困惑する。「遊ぶ」とはきっとドエロいことなんだろう。僕はトイレの蓋を閉め、その上にそっと座ると、一流のナンパ師なら知っているであろう情報を片っ端からスマホで調べ上げた。「近くのラブホテル」「性行為の極意」「正しい避妊」。便利な時代でよかった。

どれもこれも昔に知っておかなくてはと興味本位で見たサイトばかりであった。そのときはどこか夢心地で別世界のことだとでも思っていたのだろう。

今、このサイトは不気味なほどに現実味を帯びている。まるで別のサイトのようだ。読む僕も別人のように血眼になって見ている。僕は最後までイケメンを演じきれるのだろうか。

情報を頭に叩き込んでトイレを出る。コンビニで飲み物と避妊具を買い、呼吸を整えて外に出る。出迎えてくれた彼女はごく自然に僕の手を握った。何が起きているのか全く理解できず、頭がおかしくなりそうだった。


高校生のわずかな小遣いでも足りると判断したこじんまりとした格安ラブホテルに着く。他の老夫婦が出てくる。僕はサッと顔を伏せた。彼女は堂々と前を歩く。

中に入り、無人の受付に戸惑っていると、彼女は慣れた手つきで部屋番号を選んだ。エレベーターのボタンも、部屋までのルートも、入室のカード操作も、全て彼女にやってもらった。僕はもはやイケメンとよべる存在ではなくなってしまっていた。

部屋の中は不思議な雰囲気だった。薄暗い照明がベッドを中心に照らしており、作り物の苗木がその光を淡く反射していた。靴を脱いで上がる。大きな洗面台には馬鹿でかい鏡があり、前にはシャンプー、リンス、歯磨きセット、ワックスが几帳面に整理されてあった。広いバスルームには大きなジャグジー、床は大理石チックで高級感をまとっていた。あちこち見て回る僕に対して彼女は呆れたように

「初めて来たんですか?」

と疑わしそうに聞いた。

それからは初めての連続だった。とろけるような甘い体験だった。きっと、一生忘れることはないと思う。


退室の時間になり、僕はそそくさと服を着た。彼女は僕を相手にした感想をずっと語っている。僕には恥ずかしくて言えないような言葉をなんの躊躇もなく吐き出す彼女。僕の中にあった彼女は清楚で可憐ではなくなってしまった、そのかわりに劣情を煽る魅力的な存在に姿を変えていた。

ホテルを出た後もしばらくは二人で歩いた。会話は僕が相槌を打つだけになっていた。別れ際、

「そんなに遊んでなかったみたいだったね、まあそれはそれですごくよかったかも。また遊ぼうね。いろいろ教えたげるよ。」

彼女はそう言い残し、僕に電話番号を伝えると、足早に去っていた。

彼女の後姿を見る。暗闇の街灯にほんのりと照らされた黒いスカートがひらひらと揺れている。僕はその布切れの動きにくぎ付けになっていた。

続く 5本立てになりそうです。

おまけ

114514年度 センター試験 国語

問1.「一挙手一投足」の意味は次のうちどれか

① ちょっとした努力。わずかな骨折り。

② こまかな一つ一つの動作や行動。

③ 四肢を含む手足の動き。

④ 努力して目標を達成すること、またはその過程。

問2.最後の発言で彼女が敬語をやめた理由として考えられるものは以下のうちどれか。

① 初めは年上だと思っていたが、ラブホテル内での会話で「僕」が同い年だと気付いたため。

② 初めは年上だと思っていたが、ラブホテル内での「僕」の挙動が自分より幼稚に感じたため。

③ 初めて会う人には敬語を使うのは当然で、ラブホテル内で十分仲が深まったので打ち解けようとお堅い敬語をやめた。

④ 年上だと思っていて敬語を使っていたが、ラブホテルで共に過ごすことによって気がぬけてしまって敬語をやめてしまった。

問3.最後の行で「僕」が彼女のスカートにくぎ付けになっていた理由は以下のうちどれか。

① ラブホテルで服を着たときに彼女のスカートがずれていて、そのままになっていたから。

② ラブホテルでの行為の後、彼女の存在が「僕」の劣情を煽る象徴となったため。

③ ラブホテルでの行為の後、彼女の清楚で可憐なイメージがスカートのひらひらで現れていたため。

④ ラブホテルでの行為の後、街灯が照らす彼女のスカートが妖艶に見えたため。

顔-2

真夏の強い日差しが照り付ける中、僕は待ち合わせの店へ向かっていた。騒がしいセミの鳴き声が胸の高揚感を高めていく。僕の顔の製造者、いったいどんなひとなのだろう。

子洒落たアメリカン風の喫茶店の戸を開ける。心地よいクーラーの風が戸の間から吹き出し、汗で熱く湿った皮膚を撫でながら外の熱気と混ざり合う。店内は黒色の木材を基調とした内装で、1,2世紀前かのアメリカの古臭いポスターが所々に貼られている。そして、スピーカーからはお洒落なジャズミュージックが流れている。無論、曲名は知らない。

ふと、奥の方に目をやると、サングラスにマスク、カウボーイハットをかぶった怪しげな男が大仰に手を振っている。僕は暑さで緩んだ顔の筋肉をキュッと引き締め、男の前へと座った。

「やあ、○○くん。君は覚えていないだろうけど、ひさしぶり、だね」

「なんか、飲むだろう?飲まないと追い出されちゃうからね。飲み物は…この甘いやつにしようか。僕?僕も同じ甘いやつを飲むよ、苦いコーヒーは苦手だからね。よし、このなんとかフラペチーノにしよう。」

男は一人言のように次々と喋ると、呼び出しベルには目もくれず、大声で店員に注文を頼んだ。店員はどぎまぎしながら大声で「か、かしこまりましたぁーー!!」と返す。横に座っていたカップルの不愛想な女の方が不機嫌そうにこちらを睨んでいるのが見える。

「さて、と。今日は君にお願い事があって呼んだんだったね。」

「何を隠そう、頼み事は君の顔についてだ。15年も前だったかな、僕は君の顔を作ったとき、すごい反響をもらったんだ。年を取る覆面なんてあの時代、誰も作ることなんてできなかったからね。アイデア自体、凡人には浮かびもしなかったはずだ。新聞には『天才医師!顔に命を吹き込む!』なんて記事が載っちゃったりしてね、あちらこちらに呼ばれて講演したさ。」

「おっ、なんとかフラペチーノが来たぞ、外は暑かったろう、遠慮せず飲んでくれ。」

男はそう言うと、自分の分のなんとかフラペチーノとやらをとてつもない勢いで吸い出した。「ズズッ、ズズゾッゾ」という音があたりに汚らしく響く。横の女はまたこちらを睨んでいる。10秒ほどで容器を空にすると、また男は話し始めた。

「さて、君の顔、ただの人工物ではないことは気付いているよね?」

「ここからは…。きちんと聞いてほしいんだが、君の顔には”素材を提供してくれた”人がいてね。たしか高橋亮太とかいう子だったかな。君と同じ日に生まれて、その日に死んでしまったんだよ。」

「ほら、覆面が年を取るとかいうすごい芸当がローコストでできるはずがないだろ?君は今まで、自分のかぶっている顔が誰のものなのか考えたことはあったのかな?」

「君は君じゃないんだよ、その顔は高橋亮太であって、けっして君ではない。」

男は真剣な表情でこちらを見つめる。横にいる女は心配そうにこちらの様子をうかがっている。しかし、そのあとすぐ、張り詰めた空気を壊すように男は大声で笑い始めた。

「ははっ、冗談冗談。脅かして悪かった。その顔は君の細胞から分化させた、正常に生まれた時の顔だよ。ドナーなんて取ったら倫理大好き連中につかまっちまう。マッドサイエンティストには憧れるけど、刑務所は怖いからね。ちゃんとした方法で製造されたものさ。それでもやつらは攻撃してくるけどね」

「さて、ここからが本当の本題。僕は君の顔を作ってから有名になった。だけど、それからの研究成果はまったく振るわなかった。同じような手法で顔を作り出せないんだ。君の時はあれほどうまくいったのが嘘だったみたいにね。」

「で、君に頼みたいことは遺伝情報をもう一回取らせてほしいってこと。それと、顔の成長の度合いの綿密なチェックをさせてほしいってこと。」

「それだけだ。もちろん、ただでとは言わないよ。君の家にそれ相応の報酬を送るよ。調べてみたのだけど、結構困窮しているみたいだね。どうだい?お母さん、楽にしてやりたいだろ?」

「なんでお母さんに直接頼まないかって?そりゃあ君のお母さんは頭が固いからだ。息子が人体実験のターゲットにされるんじゃないかって勘違いしたみたいに拒絶するんだよ。だから直接本人に交渉に来たってわけさ。」

「君の顔を検査し終えたら、僕は君と同じように生まれてしまった子や、事故で顔を失った人たちを救うためにまた年を取る顔の製造に着手していくつもりだ。どうだい?別に悪い話じゃないだろ?検査内容についても質問があればすべて答えるけど…」

僕は話をすべて聞いてみて、しばらく悩んでいたが、この怪しい男に協力してやろうという気持ちになっていた。確かに一家に金はなく、毎日銀行の通帳とにらめっこしている母が楽できるのであればそれはそれでうれしい。しかし、なによりも大きかったのは自分が享受している技術、その発展のためならば力を貸してやることは当然の義務だと感じたからである。

僕の意向を聞いた男は嬉しそうに手を叩くと、検査内容の説明に入った。あまりにキラキラした目に医者の探求心の底力ともいえるようなものを感じた。


病院での検査は驚くほど簡単なものであった。血液を少し抜かれ、覆面をチェックされ、それで終わりだった。僕が寝ている間にこっそり行っても目を覚まさないだろうなと思えるほどであった。

検査が終わった次の日から僕はまた一気に日常へと戻された。いつものように学校に通う平凡な日々が続いた。

家庭では、なにかしらお金が入ったのか母はパートをやめて家事に専念するようになった。あの医者、本当に何者なのだろうか。


半年後、高校生になった自分のもとに怪しげな荷物が送られてきた。

黒い段ボールという怪しげな包装で、表にはあの例の医者の名前とメッセージが張りつけてあった。

「○○くんへ 君のお母さんにバレないように君が留守する時間を狙ってこの荷物を送ったよ。さてさて、君の遺伝子をよく調べてみて、色々わかったから報告しておこう。君にも知る権利があるからね。君の遺伝子にはほかの人にはない非常に生命力を強くする部分がみつかったんだ。それを『元気いっぱい遺伝子』とでも呼ぼうか。それで君と同じように『元気いっぱい遺伝子』を持つ人の細胞を使って同じ製品を作ってみたんだが、これが大成功。たくさんの顔の複製をつくることに成功した。でもその人たちは正常な顔をもっているから分厚いマスクを自然にかぶることができないみたいなんだ。鼻が邪魔なうえ、眼球が深いところに潜り込んでしまってうまくかぶれないみたいなんだ。皮肉なことに君はつぶれた鼻と不自然に出っ張った目を持っているからこそ、マスクを使いこなせているんだと思う。君は自分の真の顔が醜いと思っているかもしれないが、もしかすると”この覆面を使える世界においては”一番美形かもしれない。被験者から作った製品をいくつか送るから、それを活用してみてくれ。私は健常者でもマスクをかぶれるよう開発に専念していくよ。また協力を頼むかもしれないからその時はよろしく頼むね。」

段ボールを丁寧に開けると、肌色の塊のようなものがみえた。袋から出してみてやっとそれがなんであるかに気付くことができた。

医師の研究成果である成長する覆面、それが二つ、入っていた。

 一つはまさに美男子といえるカッコいい覆面だった。鼻はすっと通っており、薄いさくら色の唇、自然な二重まぶた。今使っている物とは似ても似つかないものであった。

 二つ目は美少女。ぱっちり開いた目と小さく形の整った鼻、魅力的な下唇。僕に女装をしろというのだろうか。

確認をし終えると親にばれないようそれらの包装と手紙をすぐに処分した。

若く、好奇心旺盛な学生が、三つのマスクをどうやって悪用しようか考え始めるようになったのは、届いてから数日後のことであった。

1960年代の江戸川乱歩の少年探偵団シリーズに「怪人二十面相」とよばれる怪盗がいたが、50年の時と、高い技術によって、ここに「怪人三面相」が誕生してしまったのだ。

続く

顔-1

東京の近郊にごく普通に学校に通う少年がいた。中学生の彼は「どこにでもいる」「特徴のない」といったような形容詞がぴったりとはまるような容姿と性格をしていた。学校でもほかの生徒と同じように笑い、たまには怒った顔をして喧嘩もした。表情は比較的豊かでクラスの人気者でも嫌われ者でもなかった。学業もトップクラスでもなく、赤点ギリギリでもなかった。

そんないたって普通の彼にはひとつ秘密があった。


分娩室から元気な赤ん坊の泣き声が響いた。しかし、産声の他に声を上げる者はいなかった。現場は静寂に包まれ、部屋の外からはただ赤ん坊が一人で泣いているような部屋に聞こえていたことだろう。

赤ん坊を取り出した医師は絶句していた。それを眺める看護師らも言葉を失い、母親は目を強く閉じてうなだれていた。泣き叫ぶ赤ん坊の顔は健常者のそれではなかった。

眼球は今にも零れ落ちてしまいそうなほど飛び出し、プチプチとした小さな音を立てて動く。鼻は完全につぶれ、形などなく、ただ壁に二つ穴が開いているような具合だった。口は不自然なほど大きく、右側のほほまで避けていて、唇の色はただれたような紫に変色していた。泣き叫ぶ声と共に、大量のよだれが裂けた口から零れ落ちる。お世辞にも「かわいい男の子ですよ」などと言える代物ではなかった。


翌日、医師は病棟のベッドの上で深く考え事をしているような母親にひとつ提案した。最新の技術で顔の模造品が作れるらしい。それをつかってみてはどうか。母親は考える時間をくれといって、静かにカーテンを閉めた。医師は大きくため息をついた。


半年後、醜い彼のために顔が作られた。技術は時代と共に著しいほど進歩しており、最先端の仕様の顔が作られた。その顔は生後数か月の赤ん坊の顔のそれだったが、一年、また一年と経つたびに年を取るらしい。移植はせず、いつでも取り外しが効くようになっている。使い方はお面とほとんど同じで、顔につける、それだけである。ぴったりとくっつくリアルで生きた面は、お面とは感じさせないほど彼の顔に馴染んだ。こうしてひとまず普通の赤ん坊となった息子をみて、両親はほんの少しだが、安堵したようだった。


中学生の普通の少年の秘密、それは彼には顔がないということだった。

いつものように学校が終わった彼は、家に帰ると息苦しそうに面を外し、ギョロつく目に乾燥防止用の目薬を差し、顔の汗を拭いた。手入れが終わると机に置いてあるスパゲティを裂けた口で器用に食べた。トマトの酸味が口に広がるころ、彼は昔のことを考えていた。


あれは幼稚園の頃だったろうか、砂場で遊んでいるとき、顔がしんどいくらいに蒸れてきて、耐えきれず友達の前でお面を外したことがある。結果は阿鼻叫喚、園児は泣き叫び、全力で逃げていった。仲良くしてくれたA君、B君、Cちゃんも。大人は信じられないという目で見る人、かわいそうにと憐れむ人、気持ち悪そうに様子をうかがう人、嫌悪感をあらわにする人、様々だった。僕は何が何やらわからなくなり、その場で大声で泣いた。その様子も醜く、おぞましかったことだろう。

家に帰ると母は血相を変え、泣きながら僕を叱りつけた。夜になると返ってきた父と何やら難しいことを話し合って、そのあと一家はすぐに遠くに引っ越すことになった。僕は大荷物と共に軽自動車の後部座席に詰められ、長く揺られた。その時真っ暗な窓の外の景色を見ながら、小さな頭で理解したことがある。

「みんなは僕じゃなくて僕のお面と話していた」

後部座席に一緒に転がっているお面。このお面こそがかつていた幼稚園の園児であり、A君、B君、Cちゃんと仲良くしていたのだ。はて、じゃあ僕はいったい何者なんだろうか。この世に存在していいのだろうか。お母さんはお面と僕、どっちを僕だと思っているんだろうか。


嫌なことを思い出してしまっていた。机の上のスパゲティはほとんど冷めきってしまっていた。まずくなった小麦粉の塊を胃に詰め込むと、ひとまず満足してテレビをつけた。特に面白くもない番組を惰性で見ていると電話の着信音がテレビの音に遮られながらも小さく鳴っているのが聞こえてきた。見たこともない番号、おそるおそる出ると聞き覚えの全くない低い男の声が受話器から響く。

「やあ、○○くんだよね?電話じゃなくて直接話したいことがあるから、今度会わないかい?」

「ど、どちらさまでしょうか・・・?」

「あ、忘れちゃってるか、そういや生まれたばかりのときに会ったぶりだから覚えているわけがないな。ハハッ。俺はね、」

「君の顔を作った技術者ってやつだよ」


続く

メロスは激怒した。

メロスは激怒した。30分くらいで終わると思われたセリヌンティウスの恋愛話にかれこれ3時間以上付き合わされているのである。

怪訝な雰囲気をそこはかとなく醸し出すメロスなど気にも止めず、セリヌンティウスは自分の身の上話をまるで全世界が熱狂しているニュースを議論しているかのように話しかけてくる。

「それで私がどう思ったかわかる?」

メロスは激怒した。それはさっきも言ったではないか、「もう男が信じられなくなった」であろう。さっきから会話が何度も何度も繰り返されている。ああ、これは終わりの見えない輪廻だ、と。

輪廻を作り出すセリヌンティウスはさらにこう続ける。

「はあ、これ、今度ディオニスと一緒に三人でもう一回話し合わない?」

メロスは激怒した。今回だけで休日の貴重な三時間が溶けているというのにこの無価値な会合にまた私を招こうというのか。貴様は人間の金ではなく時間を食いつぶす暴君に違いない、と。

怒りに震えるメロスを見てやっとセリヌンティウスは長々と自分の話ばかりしていたことに気付く。これでは会話のキャッチボールが成立していない。とっさにこう言い放つ。

「メロスは最近どうなの?あいつとはうまくやってるの?」

メロスは歓喜した。パッと顔が明るくなったかと思うと元気よく話し始めた。セリヌンティウスはうんうんと嬉しそうにうなづきながら話を聞いた。


3時間後

セリヌンティウスは激怒した。


テーマ:話の長い人が実験の諮問になったのでその腹いせに書きました。

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世の中の人間は二種類に分けられる。これを見て「アッ!」と分かる人と分からない人だ。

ちなみに元ネタはxvideosやpornhubといった海外アダルトサイトで何かしらの理由で削除された動画のリンクを踏んだ時に表示される注意文で、多くの来訪者の失念を生み出してきた言葉である。

sudo rm -rf ../

これはどうだろう。

これはLinuxを使っているときの今のファイルを全削除するコマンドである。よくバグが起きてどうやったら治るかわかんない!などど喚いているとおすすめされるコマンドだ。

むかついたものがあるときsudo rm -rf 課題/ と使う応用例もある。

114514

この6文字の数列は何だろう。これは今なお世の中を魅了し続けているホモビ男優の野獣先輩の大名言「いいよこいよ」を数字としてあらわしたものである。

言いたいこと

元ネタや今の発言のどこがおかしいかを説明すると、ネタは突如として纏っていたおかしさがなくなり、文字通り「笑えなく」なる。しかし、おかしな部分の説明を受けた後また聞くときには少しは笑えるようになっていることがある。

最初に一部の人にしか伝わらないスラングを紹介したわけだが、こういった言葉のやり取りから面白いことがわかる。

笑いの発生原因の一つは元ネタがわかることである。

いわばなぞなぞだ。話者は問を投げ、あなたはそれを解く。解けるとおかしくなって、笑みがこぼれ、解けないとはて、意味が分からないとなる。そして解き方を後で学ぶどうかはあなた次第となる。

これは上に示した「ネットスラング」のほかに「ものまね」「替え歌」「ダジャレ」も含まれる。なんなら「学校への文句」もこの類の笑いの構成要素の一つだろう。

話者が仕掛けた「おかしな部分」は一部の人しか読み解くことができない。そしてその「おかしな部分」に暗黙的に気付けたとき、笑いが発生する。

話の面白い人はこれを無意識にやっていて本当にすごいなと思う時がある。小さいころから何を言ったときによい反応が返ってくるか知らず知らずのうちに学習して感覚が先鋭化されているのだろうなと思う。

また聞く側も元ネタを理解するにはある程度の知識が前提となってくる。様々なことを聞いて学ぶことは福沢諭吉がめちゃめちゃ日本人におすすめしてきたのだが、心から笑える話題を増やすためにも学問、雑学は役立っていると感じた。

行為

世界には、宇宙には歴史がある。この歴史はあらゆる物体の動き、現象によってゆっくりと、膨大に積み重ねられてきた。そして現在に至るまで大きな物語の木のようにすくすくと成長している。あなたが今日行った行為の一つ一つは膨大に枝分かれした枝の先にそっと葉を添えている事と同じである。


今日僕はコンビニエンスストアでチョコレートを買った。これはいったいどうして可能になったのだろう。


過去を考えていく。行為の過去の構成要素は二つ「行為をした者」「環境」この二つだ。

まずは行為をした者、つまり僕のことを考える。なぜチョコを買ったのだろうか。原因はいくらでも出てくる。「糖分が足りていなかったから」「コンビニの隣を通ることで口が寂しくなったから」。原因の原因も考えられる。その原因だってでてくる。考え出すと芋づる式につながった原因は僕の人生の物語を一つ一つ丁寧に掘り出していく。

「小さなころ、母にねだってチョコを買ってもらっていたなあ、あの時からチョコが好きだっんだな、そういえば、初めて食べたときはどんなだったんだろう」

チョコを買うということは紛れもなく自分の生きていきた結果の行為であるし、これからの行為の原因となっていくこともわかる。


次に環境、つまりコンビニのことを考える。コンビニになる前は何だったのだろうか。僕はふとした興味で今日利用したコンビニの歴史を調べてみた。コンビニになる前は小さな定食屋で、昭和にはそこそこにぎわっていたらしい。時代が進むとともに経営不振となり、つぶれ、跡継ぎがフランチャイズに手を出し、現在のコンビニになったらしい。

目をつぶれば、夜遅くまで働く学生バイトのあくび、コンビニの改装のために汗をかいて働く工事のおっさんのため息、賑わう定食屋で大声で注文するひとと野球中継で店内を沸かせるテレビ、不確かではないがそういったところまで想像が及ぶ。

チョコの製造会社までたどって、コンビニ店との契約や製品開発のために奮起する人々を想像してみてもよいかもしれない。

チョコの原料であるカカオの産出国、ガーナまで戻り、低賃金で働かされる子供たちとフェアトレードの成り立ちまで飛ぶのもよいかもしれない。

はて、僕はチョコを買っただけだ。チョコを手に取るという小さな行為の土台にはたくさんの物語、人々がひっそりと息をしている。小さな頭では一瞬では理解できないし、全ての行為を意識していくこともできない。でも確かにそこに、圧倒的な何かがあるということは疑いようもない真実だった。

運動

ずっと寝ていた。ずっとずっと。約一年間、たまに起きて、本を読んだり、ゲームをしたりして過ごしていた。家からは一歩も出ていない。この部屋は狭い。5畳で物がたくさんだ。床は日本の伝統にならった畳が敷かれ、壁には汚れがところどころある。置いてある棚には物がこれでもかと言わんばかりに詰め込まれ、今にも落ちてきそうだ。本日も今しがた食べ終わったばかりのお菓子の袋をさらに詰め込む。ギチチッという小さい音とともに棚はゴミを飲み込む。満足して身を翻し、雑多に敷かれた布団の上に転がり、大きくため息をついた。キッチンの方からいつものように異臭が漂ってくる。重い腰を持ち上げ、窓を開けた。外からおっさんの大きなくしゃみの音が飛び込んできた。


本を一冊読み終えた。心底つまらないと思った。いつものように努力もしない勇者が美少女にもてはやされながら世界を救った。小説は非現実を書いて読者を楽しませてくれるが、今じゃ読者にワクワクする世界を提供して当たり前なのだ。こんなありふれた話はまったく非現実でもなんでもない、勇者が美少女に囲まれて世界を救うのはそこらへんで毎日のように起きている些細なことだ。


夜中の二時ごろ、いつものように惰性でせっせと親指を動かし、スマホでアダルトサイトを巡って今晩の主役を決めかねていた。時間をかけるほどハードルが上がって八方塞がりになるが、この謎の探求時間がよいのだ。

突然、部屋に「キャー!」と甲高い女の悲鳴が響いた。一瞬驚嘆して、身を固めていたが、生来の野次馬精神、高ぶった好奇心で軽くなった体をすっと起こすと、スリッパも履かずにベランダに出た。悲鳴の方角をみて目を疑った。肌色、肌色、肌色。裸だ!女が裸で外にいる!全身の皮膚が鳥肌を立てていくのを感じた。

「これだよ、これが非現実だ!」

女の事情は知らないが、君が今晩の主役だ。おめでとう。しかし、よく見えない。遠くで裸でうずくまっていることは分かるが、表情までは鮮明には見えない。自分の目が悪いことも相まって、やけにぼやけて見える。しかも、建物が邪魔で女の半身しか捉えることができない。唾を飲み込むと、脱ぎ捨ててあったパンツとズボンを勢いよく履き、買ってから一度も使ってない一眼レフをゴミ山から引きずり出した。ドアまで駆け足気味に近づいて、そして一瞬立ち止まった。一年間家を出て居なくて怖気づいたのだ。しかし、女の裸の前で怖気づくなど男として失格だ、世紀の大事件に立ち会わなくてどうする、と自分を鼓舞し、勢いよくドアを開けた。飛び込んでくる新鮮な空気をかき分けて女の元へと走っていった。


現場に到着したとき、女の姿はなかった。ひさしぶりに走ったせいか、息があがり、心臓が飛び出しそうなほど強く拍動していた。体は文字通り悲鳴を上げ、節々が痛んだ。吐きそうなほど気持ち悪かった。それから落ち着いて探してみたが、女はどこにもいなかった。出番のなかった一眼レフをだらしなくぶら下げ、諦めて帰ることにした。


帰っていく途中、体に力がみなぎるのを感じた。確かに死ぬほど疲れはしたが、それとは違う、心の充足感というものを感じていた。部屋に帰ると、あまりに汚い惨状を再認識した。これは、気分が悪くなる、そう思ってその日は朝まで片づけをした。

次の日、きれいな部屋で起きるとまた運動がしたくなってきた。寝巻だったジャージをぴっしりと着て、少量ながらでも外で運動をした。

次の日、その次の日も外で運動をした。数十時間ゲームをすることも、家から一歩も出ないことも、延々とアダルトサイトを回ることもいつの間にかなくなっていた。一年間、あんな狭くて汚い部屋の中で一体自分は何をしていたのだろうか。


ある日、カフェで雑誌を読んでいると外から「キャー」という甲高い女の悲鳴が聞こえた。自分の目線は雑誌のスポーツ欄から離れることはなかった。この世にはそんなことよりもっと面白いものがたくさんある。


テーマ:今日久しぶりに運動して気持ちがよかった。